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渥美半島には吉胡貝塚、伊川津貝塚、保美貝塚、川地貝塚を代表とする縄文時代後期〜晩期(今から3500〜2500年前)の貝塚が分布します。これらの貝塚からは土器、石器、骨角器などの道具のほか、貝殻、動物骨、魚骨などの食料の食べカスが出土し、時には埋葬された人の遺体さえも出土します。貝塚では大量に捨てられた貝のカルシウム分が作用して、骨類が良好に残り、当時の生活を考えるうえで貴重な資料を提供しています。これらの骨・貝類の検討から、当時の食生活・狩猟にかかる技術、生態から周囲の生息環境を推定し、自然環境、また当時の人々の生活領域、季節毎の生業パターンがわかります。
今回の展示では、縄文時代の遺跡から出土する動物遺体から、かつての半島の自然を顧み、そして失われた自然の意味を考えてみます。
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貝塚遺跡からは様々な動物の骨が見つかります。調査が進んでいる伊川津貝塚では、イノシシ、シカを筆頭にタヌキ・アナグマ・キツネ・ウサギ・ムササビ・ニホンザル・ホンドテン・ニホンオオカミ・ニホンカワウソ・ニホンアシカ・クジラ・イルカなどの哺乳類、そしてウミガメも見つかっています。鳥類は意外に少なくカモ・キジなどが見つかっています。このことから遺跡周辺には多様な動物が生息可能な豊な自然があったことが想像されます。
イノシシ・シカは肉以外でも活用度が高いため、家畜が飼われる以前はイノシシ・シカが最も多く獲られており、伊川津では出土した骨の9割を占めています。しかし、狩猟労力のわりには活用度の低いさまざまな小動物の骨も出土します。これらまで広く活用する方法を持つことによって、特定の資源に頼らなくても非常時に生活できる智恵だったようです。なお、吉胡貝塚ではツキノワグマの牙製ペンダントが見つかっています。半島に生息していたというより、牙だけが貴重品と流通していたと考えられます。
渥美半島で現在も見られる動物は、アナグマ・キツネ・タヌキ・イタチ・ウサギでしょう。近年ではこれらも増えている情報がありますが、外来種のハクビシンも増えています。アナグマは県内での生息情報が少ないため、危惧されている種ですが、渥美半島では生息が確認されています。 |
シカ骨格標本 |
愛知県内捕獲 |
名古屋大学附属山地畜産実験フィールド所蔵 |
シカ寛骨・大腿骨・脛骨・肩甲骨・上腕骨・中手骨・角・角座骨(角+頭蓋骨)・下顎骨 |
伊川津貝塚出土 |
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イノシシ骨格標本 |
愛知県内捕獲 |
名古屋大学附属山地畜産実験フィールド所蔵 |
イノシシ(寛骨・大腿骨・脛骨・肩甲骨・上腕骨・尺骨・橈骨) |
伊川津貝塚出土 |
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イノシシ剥製(ウリボウ) |
愛知県内捕獲 |
名古屋大学附属山地畜産実験フィールド所蔵 |
ウサギ |
伊川津貝塚出土 |
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ホンドテン |
伊川津貝塚出土 |
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ムササビ |
伊川津貝塚出土 |
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タヌキ |
伊川津貝塚出土 |
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アナグマ |
伊川津貝塚出土 |
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クジラ類 |
伊川津貝塚出土 |
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イルカ類 |
伊川津貝塚出土 |
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ニホンザル |
伊川津貝塚出土 |
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ウミガメ |
伊川津貝塚出土 |
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パネル 井上華陵が描いた田原藩の巻狩りの様子 |
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渥美群時報より |
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天正13(1584)・15年には徳川家康、慶長15年(1610)二代将軍秀忠が、渥美半島で大がかりな巻狩りを行ないました。蔵王山ではシカ247頭、イノシシ22頭、若見町ではシカ150頭、イノシシ34頭を捕獲したとあります。いかに渥美半島にシカ、イノシシがたくさんいたことがわかります。
巻狩りは武士の戦闘訓練にもなるために田原藩でも頻繁に行なわれました。シカの捕獲記録は享保20年(1735)を最後になくなりなりましたので、江戸時代終わりにはシカは絶滅したようです。その後も蔵王山周辺ではイノシシの被害とその対策の記録がありますが、江戸時代終わりには、藩をあげて大々的に巻狩りを行ったにも関わらず、イノシシですら年数頭しか捕獲されませんでした。渥美半島のイノシシは明治時代以降に絶滅したようです。 |
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貝塚から見つかる貝から、それぞれの集落周辺の海洋環境、人々がどの種を好んで捕採していたかわかります。
伊川津貝塚では、スガイ・アサリ・オニアサリ・ハマグリ・マガキの順で多く内湾の砂泥〜砂礫底種、吉胡貝塚ではマガキ・ハマグリ・アサリ・オオノガイ・スガイ・アカニシ・ダンベキサゴで多く、内湾砂泥底種が多く外洋のものも含まれるのが特徴です。わかりやすく言えば吉胡貝塚では泥っぽい場所、伊川津では砂礫っぽい場所の貝が多いと言えます。さらに付け加えれば吉胡貝塚の貝の種類は多様なようです。 |
アワビ、オキシジミ、ウミニナ、ウチムラサキ、ヤマトシジミ、ハマグリ、マガキ、
サルボウ、ツメタガイ、ミルクイ、アカニシ、カガミガイ、イボニシ |
伊川津貝塚出土 |
オキシジミ、ウミニナ、ヤマトシジミ、イタボカキ、ハマグリ、ハイガイ、マガキ、
サルボウ、ツメタガイ、ミルクイ、アカニシ、カガミガイ |
吉胡貝塚出土 |
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豊な自然に恵まれていた渥美半島では、今は絶滅、ほぼ絶滅した動物たちが、普通に暮らしていたようです。環境省の絶滅種のニホンオオカミ、絶滅危惧種(IA)のニホンカワウソ、ニホンアシカが棲んでいました。渥美半島の貝塚からこれらの骨が出土しており、かつて棲んでいたことを示す重要な証拠であるとともに、貴重な標本となっています。 |
イタボガキ |
吉胡貝塚出土 |
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ハイガイ |
吉胡貝塚出土 |
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ニホンカワウソ |
伊川津貝塚出土 |
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ニホンオオカミ |
伊川津貝塚出土 |
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ニホンオオカミの牙のペンダント |
伊川津貝塚出土 |
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ハイガイ |
吉胡貝塚出土 |
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ニホンアシカ |
保美貝塚出土 |
一部は縄文時代のものでない可能性あり |
パネル ニホンカワウソ(本草図説より) |
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西尾市岩瀬文庫 |
パネル ニホンオオカミ(本草図説より) |
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西尾市岩瀬文庫 |
パネル ニホンアシカ(本草図説より) |
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西尾市岩瀬文庫 |
パネル 伊良湖の海獺(アシカ) |
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参河国名所図絵より |
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加工痕のある鹿角 |
保美貝塚出土 |
弓筈(ゆはず) |
伊川津貝塚出土 |
釣針(つりばり) |
伊川津貝塚出土 |
根バサミ |
伊川津貝塚出土 |
鏃(やじり) |
伊川津貝塚出土 |
腰飾(こしかざり) |
伊川津貝塚出土 |
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表浜では、貝の腕輪の素材(ベンケイガイ・サトウガイ)を拾うことが出来ます。これらの貝は人間が素潜り出来ない深い海に生息しているため、食べるためではなく、死貝を拾い別の活用をしていました。そのひとつが腕輪です。
ベンケイガイはその名が示すとおり、その殻が弁慶のような強さを備え、アメ色の色彩を持つ貝です。サトウガイは肋と呼ばれる筋目としっとりした貝の白い質感が特徴です。これら貝製腕輪は、渥美半島の特産品として各地に交換品として配られたことと考えられています。
海で拾った貝は欠けやすい縁部分が波に削られることによって質の高い貝を選び、加工の手間が省くことができたことです。また、チョウセンハマグリはヘラに、カズラガイ・ヤツシロガイは装飾品に活用されていました。 |
ベンケイガイ貝輪(84年・17号人骨装着) |
伊川津貝塚出土 |
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サトウガイ貝輪(S26年・19号人骨装着) |
吉胡貝塚出土 |
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貝輪レプリカ(サトウガイ・ベンケイガイ) |
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久美原海岸採取 |
ヤツシロガイ製の装飾品 |
伊川津貝塚出土 |
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チョウセンハマグリ製のヘラ |
伊川津貝塚出土 |
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ワスレガイ製貝刃 |
吉胡貝塚出土 |
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太平洋岸で拾われた貝(ベンケイガイ、サトウガイ、チョウセンハマグリ、カズラガイ、ワスレガイ、ヤツシロガイ、イモガイ) |
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渥美半島の貝塚では、シカの中手骨を使った骨製ヤス(漁具)が大量に見つかっており、鹿角製根バサミとともに渥美半島の特徴的な骨角器と言えます。ここでは骨製ヤスの作り方を紹介しましょう。
(1)シカの中手骨の両方の骨端を除去する。(割る場合と切断する場合がある)。
(2)骨を縦半分に割る(打ち割る場合と切断する場合がある)。
(3)さらにほそく割っていく。
(4)砥石等で磨いて両端を尖らせ仕上げる。
骨製ヘラは1の工程で片方のみ骨端を除去し、縦半分にして先端を尖らす。 |
シカの中手骨 |
伊川津貝塚出土 |
切断した中手骨・半栽した中手骨 |
吉胡貝塚出土 |
打ち欠いた中手骨 |
吉胡貝塚出土 |
骨製ヤス |
伊川津貝塚出土 |
骨製ヘラ |
伊川津貝塚出土 |
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渥美半島は愛知県の南端、北は内湾の渥美湾、南は太平洋に挟まれた全国にも稀な東西に伸びる半島です。暖流である黒潮によってもたらされる「常春」と形容される温暖な地ですが、1、2月にはWNW方向の8.6m/sもの風によって体感温度は意外に寒く感じます。
半島の基盤をなすのは、蔵王山(標高253m)、衣笠山(標高278m)、大山(標高328m)などの山地で、東から西へと連続する。この山地塊は、秩父古生層と呼ばれる粘板岩、チャート、石灰岩で構成されています。この山地塊が長きにわたって開析を受け第三紀から第四紀前期に沈水し、第四紀後期には隆起し半島の概形が形成された、と考えられています。半島の植生は、この太平洋によって特徴付けられ、ヤブツバキ、ヤブニッケイ、ヤマモモ、ヒメユズリハ、タブノキ、クス、スタジイ等に代表される暖地系の照葉樹林が広がっています。また、シデコブシを含む東海地方特有の湿地もまた半島の自然を特徴付けています。半島には、渡り鳥の飛来地として有名な汐川干潟、鷹の渡りの伊良胡岬、アカウミガメの産卵地の太平洋岸など、今もって自然豊かな地です。 |
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渥美半島は「自然豊か」だとよく言われます。しかし、確実に本来の自然とは異なってきました。この数十年で身近で普通に採ることのできたアサリ、カブトムシやクワガタムシ、そして、夕方に飛んでいたトビ、これらは、確実に減少しています。目で見える範囲でこれだけ分かるということは、自然界の中ではいったいどのような変化が起こっているのでしょうか。
しかし、まだまだ渥美半島には自然が残されています。これらの自然を後に伝えていくためには私たちは、これからどうしたらよいのでしょうか。さまざまな取り組みが必要だと思います。特定の種のみを増やすだけではなく、本来の半島の自然の実態を把握し、そのしくみを知り、おごることなく自然と接して行く必要があります。失われた自然を元に戻すことはたやすいことではありません。骨となってみなさんにお会いした絶滅した動物たち真の声を聞くことができましか? |
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協力 |
・名古屋大学大学院生命農学研究科 附属山地畜産実験実習施設 |
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・西尾市岩瀬文庫 |
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・織田銑一 |
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・山崎 健 |
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